上を向いて歩こう
手持ち無沙汰な時、電車に乗っている時、
また最近は本もkindleで読むので
一日のうち、スマホを見る時間が長い。
そうするとおのずと、下を向く時間も長いということになるので
首がこる。
仕事柄、一日中パソコンに向かい合っているのも合わせて
おそらくブルーライトの影響で、目も格段に悪くなっている。
それでも、なんだか止められないスマホって、なんなんだろう。
それでも私の場合、今までのスマホに接する時間は
人生の何分の一かだと思うけど
生まれた時からスマホがある人たちだと
人生のほとんどの時間がスマホと一緒、ということが言えるんじゃないだろうか。
もちろんメリットもデメリットもあり、便利さも享受させてもらっていて
今や欠かせない存在。
否定できるはずもない。
でも一方で、、スマホを観ている時間は、周りを見渡すこともなく、
下を向きスマホに没頭し、完全に一人の時間。
それが居心地良い、ということなのかもしれないが
あまりに周りを見なさすぎて、電車だったら
あきらかに自分より座った方が良い人に、席を譲れなかったり
具合が悪そうな人に声を掛けてあげられなかったり
自分の荷物が邪魔になっていることに気づかなかったり・・・
ふと「共感」が叫ばれていることも、裏を返せば
スマホなど自分の世界に没頭できるツールが増えて
他人との接する時間が少なくなった結果なのかも、と思ったりする。
確かに、ネットのSNSで「いいね」を押して「共感」が表現できているのかもしれないけど
そのベースが、普段は他人を見ない、自分の世界に没頭する、という状態のとき
果たしてその「いいね」は、共感なのだろうか。
自分が自分の世界だけで作り上げた自分だけの価値観の押し付けになってなっていないだろうか。
「共感」を叫べば叫ぶほど、他人への適切な関心の薄さが透けてみえるような気がする。
スマホは便利だ。豊かさとスピードを与えてくれている。
でも、少しスマホを離れ、上を向いてあるこうじゃないか。
今までも存在していたのに気づかなかったものやことに、気づくかもしれない。
誰かをサポートできるかもしれない。
他の人はどんな顔をして、どんなことをしているか、観てみる。
そこから、どんな気持ちなのか想像してみることで、共感や思いやりが育っていくかもしれない。
上を向いて歩こう。
私が書いています
1966年11月山口県生まれ。丙午のさそり座で、超気性は激しいはずですが、実際は…?2009年よりながいきや本舗店長として、たくさんのお話をお伺いしています。また、TCマスターカラーセラピスト、食育指導士としても活動しています。
家族は旦那。夫婦二人を謳歌中です。